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●OE酵素飲料の原点
「ここに生命がある」 (ノーベル書房、昭和45年刊) という大高先生の著書によると、先生は、大正2年、北海道岩内郡発足村の農家に生まれ、昭和3年に発足第一青年訓練所に入学しました。青年訓練所とは農業技術を学ぶところです。先生はここで、寒冷の北海道でいかにすれば良質の農産物を効率よく栽培・収穫できるかという技術と知識を学びました。農業技術者を目指したわけです。 しかし、それだけでは飽き足らず、薬草や養蜂の研究にも精を出したといいます。 その原点は、先生が13歳のときに小川を飛び越えた瞬間、鋭い笹竹の切り株で足を踏み抜くという大怪我をした事にまで遡ります。著書によると、そのときの大高少年は、あまりの怪我の大きさになす術もなく呆然としている大人たちへ 「ヨモギとクローバーとオオバコを摘んできて」と頼み、それをよく混ぜて探んで青汁をつくり、傷口にかけて止血したといいます。この知識は、母親から教わっていたようです。
このような伝承的で実際的な医療知識は、かつては、どの農村にも伝えられていました。大高先生は、子どものころから、伝承的な医療知識と植物のもつ偉大な力に興味をもっていたようです。その興味心が薬草や養蜂の研究に目を向けさせたといってよいでしょう。酵素健康運動の誕生を探るとしたら、この時点ではないでしょうか。
植物の分泌物の威力のすばらしさは、踏み抜き事故以来、大高先生の頭から焼きついて離れなかったようです。その後は、野菜や薬草をカメで醗酵させては接ぎ木に用いたり、突然に襲った夜間の激しい苦痛に用いたり、あるいは、鎌で深く指を切った傷に塗ってみたりしています。これはみな、先生自身の体験です。「植物の精」と名づけられたその分泌物は、そのたびに接ぎ木を成功させ、腹痛を鎮め、傷を治しました。この「植物の精」こそがOE酵素飲料の原点です。
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